1 移民を授業する - 日系アメリカ人の記憶から学ぶ: ソウジロウ・タカムラ(高村總二郎) さん
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アメリカ軍へ入隊
ぼくは1944年に入隊して軍事情報局に入った。そこには日系二世が集まって,朝6時から夜の8時まで日本語猛特訓をした。教材は普通の日本語だけでなく日本軍言葉や書類だったの。終戦時にはフィリピンのマニラにいて,前線で日本軍の通信傍受翻訳や書類翻訳をしていました。同じ 仕事をしていた二世の仲間で戦死した仲間もいた。それかが運命。仕事の担当がぼくだったら僕が戦死していた。終戦直後,マニラで偶然の出来事が起こって,戦争前に日本に行って二世と結婚した姉の夫が日本軍属の通訳としてマニラにいたの。彼がそっと姉の旧姓のタカムラを知っているかとぼくに聞いたから驚いた。二人とも感激したけれど,当時敵味方の立場だから複雑だった。姉の消息と住所だけ確認できたからよかった。それからぼくは横浜に行った。戦艦ミズーリの上で日米が調印した時,アメリカ軍として通訳の仕事をしていた。1945年9月6日に東京に入って, GHQで戦後処理の仕事をしたのね。
Based on this original
旧連合国軍総司令部(GHQ) |