海外在留の日本人は129万4000人
近年、日本を出て海外で暮らす日本人が増えているという。それは日本の国力の衰えを反映しているのだろうか。それとも日本にない何かをもとめて飛び出そうという日本人が増えたからだろうか。
このほど出版された『流出する日本人 海外移住の光と影』(大石奈々著、中公新書)は、近年の海外移住の最前線を調査し、移住の実態とその背景にある事情を解き明かしている。
現代の移住には、企業からの派遣をはじめ、留学やワーキングホリデーのように働きながら学んだり、海外の企業で働いたり、あるいは年金生活を海外で送ったり、さらには投資をして気に入った国で暮らしたり、また結婚して移住するなどさまざまなパターンがある。
もうずいぶん前から、日本の若者は海外に対する興味がなくなったのか、海外志向が薄れている、などとよく言われた。しかし、いつしか事情はかわってきて、若者をはじめいまや日本人は「流出」と言われるほど、日本を離れる傾向にあるようだ。
本書で紹介されているいくつかの統計を見ると……。
2023年の時点で海外に在住している日本国籍者の数は、約129万4000人。2020年以降、コロナ禍などの影響で長期滞在者は減少しているものの、永住者は増え続け、2023年には約57万5000人と、調査開始以降、最多を記録した(外務省、海外在留邦人数調査統計)。
これを国別にみると、最も多く滞在しているのはアメリカで41万4615人、次いで中国(10万1786人)、オーストラリア(9万9830人)、カナダ(7万5112人)、タイ(7万2308人)で、以下イギリス、ブラジル、韓国、ドイツ、フランスとなっている。
海外在留邦人の数は、長期滞在者と永住者に分かれる。永住者に限って滞在国をみると、アメリカが22万8178人ともっとも多いが、2位はオーストラリア(6万3055人)、次いでカナダ(5万1950人)、ブラジル(4万2748人)、イギリス(2万8952)となっていて、中国はベスト10にも入っていない。中国ではビジネスなどの滞在者がいかに多いかが推測できる。
長期滞在者には、海外勤務している民間企業の関係者や個人で目的があり滞在している自由業者や留学生・研究者、報道関係者、政府関係職員などがいる。このうち半数強が民間企業関係者だ。
次に、海外への移住者を男女別にみると、1998年までは男性のほうが多い傾向にあったが、99年以降は女性が男性を上回るようになった。長期滞在者については、企業関係では男性が多いので全体として男性が多いが、永住者については女性が多い傾向で、2023年10月の時点では約6割が女性だという。
これは、留学やワーキングホリデーなどで滞在中に現地で国際結婚する女性がいることに加えて、そもそも「永住を視野に海外で職を得て働く女性たちが多いことが指摘されている」という。
ワーキングホリデーの若者
民間企業で働く者が海外勤務として、海外で一定期間暮らすのは、個人的な希望もあるだろうが、大きく見れば個人より企業や組織の事情によってきまることだ。別の見方をすれば、国際経済の動向や国際間の事情によっても左右される。
これとは別に、留学やワーキングホリデーや個人として海外の企業で働くということは、一種の個人的なチャレンジである。こうした試みにでるのはまずは若者だ。
近年、日本の経済力が相対的に低下したことと、海外の大学などの授業料の高騰により日本からの留学生の数は減少した。本書によれば、海外の大学に1年以上留学する正規留学生の数は、2004年の8万2945人をピークに減少し、その後増えたこともあったが2019年では約6万2000人となった。
しかし、若者は決して内向きになったのではないという。産業能率大学の調査では「海外で働きたい」という新入社員は4割にのぼった。こうしたマインドを実現させる手段として利用されているのが、正規に働きながら語学の勉強などができるワーキングホリデーという制度だ。
ワーキングホリデーというと、オーストラリアを思い浮かべるが、日本は「2023年8月1日現在で、29ヵ国・地域との間で同制度を導入しており、この40年強の間に延べ50万人以上の日本人がこの制度を利用してきた」。
では、彼らはなぜ、ワーキングホリデーに挑んだのか。オーストラリアのワーキングホリデー渡航者や経験者に対して行ったある調査では、回答者の約7割が正社員経験があるという。近年、日本国内では若者の離職や転職の傾向が高まっているが、その流れの一環として、新たな活路を海外にも求めているとも考えられる。
言い換えれば、学生の延長の漠然とした海外生活へのあこがれや、社会にでるまでの、かつてはやった言葉でいうならば、“モラトリアム”的な位置づけとしての海外志向ではなく、ワーキングホリデーを自分の社会人としてのキャリアとして位置づけているようだ。今までのスキルを高めキャリアアップを目指したり、キャリアを見つめなおしたり、別のキャリアを模索したりと、現実的な取り組みをしていることがわかる。
ライフスタイルやリスク回避
個人的な事情で海外移住を目指す人は、こうしたキャリアを軸にした若者のほかに、専門的な技術を生かし、より高い報酬を求める人や、報酬よりもむしろ日本とは違ったライフスタイルを求めて行く人、あるいはリスクを回避するために移住する人がいる。リスクという点では、東日本大震災のあとに顕著になった自然災害やそこから波及する災害に対する危惧や、富裕層に見られるように、投資や税制面など経済的なリスクを回避するための移住である。
これらのなかで興味を引いたのは、女性たちの動向だ。紹介されている例の中に、子どもを連れて海外に活路を見出そうとするシングルマザーたちがいる。彼女たちに人気があるのはタイやマレーシアで、「特にマレーシアは日系企業のコールセンターが多く、こうしたオペレーターの中に、子育てしながら働くシングルマザーたちもいる」という。
さまざまな形で日本人が海外へ移住しているのがわかるが、全体としては海外の受け入れ条件は厳しくなっているようで、たとえば、退職して海外で暮らそうといった退職移住については、全体として多くの国が富裕層やそれに準ずる層に限定する傾向にあるという。
海外である以上、外国人として扱われるだけに法律的に保護されなかったり、差別や不法な扱いを受けたりすることもある。そうした実態も本書で明らかにされている。この点は、逆に日本人が日本で生活することのメリットを改めて感じることにつながる。
しかし、さらにいえば、昔から海外へでてこそはじめてわかる日本の事情があり、また、日本の利点も欠点も理解できるのだろう。その意味で、海外渡航や移住は、国内の事情を映す鏡だともいえる。
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