日本人とは何か? ミスコンテストでの議論を通して、前回本欄で考えてみた。いろいろな定義や日本人像はあるだろうが、結局「日本人」というものは定義できないようだ。その一方で、「日本国民」は、「日本国籍をもっている人」と定義できる。
現在、テレビで放送され人気を博しているNHKの連続ドラマ小説「虎に翼」は、女性法律家の生涯を描いているが、そのなかで日本国憲法の話がたびたび登場する。たとえば、法の下の平等を謳った憲法14条(以下)である。
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」。
ここで「すべて国民」というのは、もちろん日本国籍をもつ人のことを指している。つまりすべての「日本人」ということでもなければ、日本に暮らす人々でもない。日本で生まれて日本語を話し、マジョリティーの日本人のような顔つきをしていても、日本国籍でなければ、この条文は適用されない。
では「(日本)国籍とはなんなのか」、「日本人と日本国民=日本国籍保持者」はどういう関係なのか。「自分が典型的な日本人だと信じている人たち」にとっては、あえて考えるに値する問題ではないかもしれないが、「日系の人」や、あるいは外国にルーツのある日本国民にとっては、繊細な問題だ。また、マイノリティーの権利が擁護されるべき現代では、マジョリティーの日本人も確認しておくべき問題だろう。
『国籍の?(ハテナ)がわかる本』を通して
「国籍」について、子ども向けにわかりやすく解説した本に『国籍の?(ハテナ)がわかる本』(太郎次郎社エディタス、2019年)がある。
子ども向けといっても、果たして大人のどれだけがこうした問題を理解しているのかというと疑問であり、その意味で大人にとっても十分読み応えのある内容である。
話は少し横道に逸れるが、社会の基本的な仕組みや問題について、受験に必要がないからか、日本の学校ではほとんど教えられることがない。例えば、税金や保険や雇用の仕組みなど、社会にでればこれほど重要なものはないのだが、こうした実社会と関わりのある問題は学校で学べない。だから大人でもよく理解していない。
しかし、いまさら基本から学ぶのには抵抗があると一般に考えられるのか、大人のためのわかりやすい本がない。だから学ぼうとする大人は、岩波ジュニア新書のような“子どものための”本にあたるしかない。しかし、内容を見ればわかるように表向きは、小学校高学年生から高校生を読者対象にしているように見えても、内容は十分に大人にとって読み応えがある。
『国籍の?(ハテナ)がわかる本』の著者、木下理仁氏は、かながわ開発教育センター(K-DEC)事務局長、東海大学国際学部非常勤講師などを務め、「多文化共生」「人権」「国際協力」「平和」「まちづくり」をテーマにワークショップを行っているという。
国籍、国民、日本人、外国人、とひごろわれわれが迷いなく使っている言葉が意味しているものはいったいなんなのか。さまざまな具体例を用いながら、「なんだろう?」「どうしてだろう?」と、疑問を投げかけながら読者とともに考えていく。
「日本人力士」と「日本出身力士」
まず、「日本人」「インド人」など、「○○人」ということと国籍の関係はどうなっているのか。日本人がもつ日本人感、国籍感に関する面白い例が紹介されている。
大相撲の世界には、外国出身の力士がいまや珍しくなくなったが、2012年5月に旭天鵬が優勝したとき、2006年1月の栃東以来の「日本人力士」の優勝、と騒がれたのに対して、2016年1月に琴奨菊が優勝すると、栃東以来10年ぶりの「日本出身力士」の優勝と言われた。
旭天鵬も琴奨菊も日本国籍をもっている日本人である。しかし、旭天鵬はモンゴル出身で、琴奨菊は日本生まれなので、旭天鵬は日本人力士で、琴奨菊は日本出身力士と呼ばれたようだ(詳しくは書いていないがおそらくメディアがそう表現したのだろう)。
こうしたあえて違った呼び方をしている点について、著者は「日本の国籍を取って『日本人』になっても、『ホンモノの日本人』ではない、という意識がありはしないだろうか」と疑問を投げかけ、「どうやら、国籍が日本でも、親の出身国や肌の色の違う人を『日本人』と呼ぶことに、違和感をおぼえる人がいるようだ」と指摘する。
さまざまな国の人に、「○○人」と考えるときに重視するものはなにかについて聞いた調査(2016年)も紹介している。「ことば」「伝統・習慣」「生まれた国」「宗教」の4つの項目に対してだが、日本では50%の人が「生まれた国」を非常に重要と答えたのに対して、オーストラリア、オランダ、ドイツでは20%以下、スウェーデンではわずか8%だった。一方、各国ともに共通するのは、「ことば」を非常に重要視するという点だった。
ここから推測できるのは、日本人は、「日本人」であるためには、国籍よりも生まれた国を重視する傾向もあるという点だろう。
「日系」という場合も、ほとんどの辞書が「日本人の血統をひいていること、または人」としている。しかし、いまや「日系」はもっと広く解釈されていることを紹介している。
日本人の家庭で養子として育てられた中国出身の女性が、ある日系人女性コンテストで優勝したことがあったという。この点について著者は、日本人の血筋はひいていないが、日本語を話し日本人だという意識を持っていることなど、日系人の文化や価値観を共有しているかどうかが、重視されるようになってきている、とみる。
日本での国際結婚では、夫婦別姓でOK
世界では、国籍の決め方は、大きく血統主義と出生地主義の二つに分かれる。親の国籍か、当人が生まれた場所かの違いである。日本の場合、両親のうち少なくともどちらかの国籍が日本なら、生まれた子の国籍は「日本」だが、アメリカでは親の国籍とは関係なく、アメリカで生まれた子はアメリカ国籍をもつ。国によってこれは異なる。
また、国籍は必ずしもひとつとは限らない。いわゆる二重国籍をもつことは、日本人でも、両親が国際結婚による場合や、両親が日本人同士でも、生まれた国がアメリカのような、出生地主義の国の場合、また、外国から日本に来て日本国籍をとった人で、出身国が「国籍の離脱」を認めていない場合や、難しい場合はこれに該当する。ただ、日本では子が二重国籍の場合、22歳までにどちらか一方の国籍を選ばなければいけない。
これらは比較的よく知られていることだと思うが、日本で日本人と外国人が結婚した場合、夫婦は別々の姓でもかまわないというのは、あまり知られていないのではないか。これは、日本の戸籍制度によるものだという。
結婚すると親の戸籍から抜けて新たな夫婦の戸籍を作ることになるため、姓はどちらか一つにしなければいけないのだが、外国籍の人には戸籍がないから、姓を同じにする必要がないという。同じ日本人でも結婚後の別姓を認められる人と認められない人がいることになるが、これは法の下の平等なのだろうかという疑問がわくがどうだろう。
このほか、本書では、スポーツ選手が国籍を選ぶケースや、日本人が外国籍を取ることや、反対に外国人が日本国籍を取ることについて解説。さらに、歴史的に国家の都合によって、国籍を変えられたり外国人にさせられたりした「在日韓国・朝鮮人」の問題や、無国籍の子どもや難民と国籍の問題などに触れている。
ますますグローバルに人々が動き、まじりあうなかで、民族・文化と同様に国籍に対する理解もより必要になってくる。
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