https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/1336/
ユダヤ系日系アメリカ人ジャーナリスト
(英語)娘たちは、「ママ、バト・ミツワーのお祝いはした方がいいよね」とか、「どうしてママは、お父さんや最初の旦那さんと結婚したの?」といった質問をしてきます。私は、彼女たちの質問を受け、自分について考え、人生を振り返るのです。ちょうど今、あなたが私に質問しているような感じですね。私は、娘たちのお陰で物事を異なる角度で見ることができるのです。 私は、いつも日本文化を生活の中に取り入れるようにしているのですが、娘たちにも家の中では日系人であることを意識させています。こういった行動は、全ての人のアイデンティティ、つまり、自分がどこから来たのかという意識の重要な一部となります。例え意識することがなくても、このようなことを通し、自分が何者なのか、祖父母や曾祖父母がどこから来て、今の自分たちの暮らしは、先人たちのどのような苦労の上に成り立っているのか知ることができます。私は、娘たちに感謝の気持ちを持ってほしいと思っています。 炊きたてのご飯が、常に食卓の炊飯器の中にあることも助けになっていると思います。ちょうど私の母も、朝は必ずご飯を炊いていました。そうすれば1日中食べられるし、他のおかずと一緒に添えることもできます。食もアイデンティティの重要な一部ですね。 娘たちは、確実に自分たちをユダヤ系が入っている日系アメリカ人と考えていて、日系が入っているユダヤ系アメリカ人とは考えていないようです。
日付: 2013年4月4日
場所: 米国、カリフォルニア州
インタビュアー: パトリシア・ワキダ
提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター
フランチェスカ・ビラーさんは、ユダヤ系の父と日系アメリカ人の母の元、ハワイで生まれ、南カリフォルニアで育ちました。
ビラーさんは、調査報道ジャーナリスト、政治風刺家、作家、時事解説者として受賞歴を持ち、雑誌や本、ラジオ、テレビで活躍しています。日系とユダヤ系のバックグラウンドを持つビラーさんは、自身の興味深い背景について、内省とユーモアを込めて執筆しています。彼女の作品は、『ハフィントンポスト』、『CNN』、『ロサンゼルス・タイムス』、『ジューイッシュ・ジャーナル・オブ・ロサンゼルス』など、多くの媒体で発表されています。ビラーさんは、エドワード・R・ミュロー賞、2度のゴールデンマイク賞、優秀報道者としてプロフェッショナルジャーナリスト賞を4回受賞しています。
現在、ビラーさんは3冊の本を執筆しています。1冊目は、ハワイで結成された第442連隊戦闘団について、2冊目は、1970年代ロサンゼルスに育ったビラーさんの日系ユダヤ人としての体験をユーモラスに綴ったエッセイ集、3冊目は、ハワイ、日本、そしてユダヤ系の食べ物が、いかに家族の健康と幸せを支えているかを綴ったライフスタイルブックです。また、現在ビラーさんは全米各地のラジオ局を回り、彼女らしいユーモアあふれる切り口で、政治、ポップカルチャー、家族について語っています。(2013年8月)
混血の利点 (英語)
プロアメリカンフットボール選手。(1977年生)
混血のアイデンティティの難しさ(英語)
ダートマス大学の元ワイド・レシーバー。現在は弁理士として活躍。ジョニー、エリック・モートンの兄弟。
二世リレーへの参加を通して学んだ日系人としての文化(英語)
プロアメリカンフットボール選手。(1971年生)
日本文化の伝統を保存(英語)
日本在住、カリフォルニア生まれのビジネスウーマン。祖母である山野愛子の後を継ぎ、美容界で活躍。(1964年生)
お正月料理(英語)
唯一の日本文化:食べ物(英語)
南カリフォルニア出身の在日日系人(1948年生)
余所者(英語)
アメリカ料理を身につけたきっかけ(英語)
ワシントン州出身の二世。ツーレレイク強制収容所へ収容後、シカゴへ再転住。(1909年生)
三世の太鼓への理解
新一世。北米和太鼓の第一人者。1968年にサンフランシスコ太鼓道場を設立。(1943年生)
太鼓を通しての日本文化の再発見
サンフランシスコ太鼓道場の太鼓奏者・獅子舞
日系アメリカ人コミュニティの生活(英語)
日系アメリカ人画家、版画家、教授。(1939年生)
戦後の再出発と日本的要素の否定(英語)
ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)
幼少時から自分のアイデンティティを意識(英語)
映画製作者・アーティスト(1965年生)
アートを通して見つけた共通点(英語)
アジア系アメリカ人として中国系の名前を使うことを拒否(英語)