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『北米時事』から見るシアトル日系移民の歴史


2021年8月18日 - 2024年7月31日

北米報知財団とワシントン大学スザロ図書館による共同プロジェクトで行われた『北米時事』のオンライン・アーカイブから古記事を調査し、戦前のシアトル日系移民コミュニティーの歴史を探る連載。このシリーズの英語版は、『北米報知』とディスカバーニッケイとの共同発行記事になります。

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『北米時事』について 

鹿児島県出身の隈元清を発行人として、1902年9月1日創刊。最盛期にはポートランド、ロサンゼルス、サンフランシスコ、スポケーン、バンクーバー、東京に通信員を持ち、約9千部を日刊発行していた。日米開戦を受けて、当時の発行人だった有馬純雄がFBI検挙され、日系人強制収容が始まった1942年3月14日に廃刊。終戦後、本紙『北米報知』として再生した。


このシリーズのストーリー

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第22回 ポトラッチ祭への参加活動

2024年7月31日 • 新舛 育雄

前回は日本人会のコミュニティチェストへの貢献についてお伝えしたが、今回はシアトルで毎年7月に7日間行われていたポトラッチ祭についての記事1を見ていきたい。  ポトラッチ祭への参加活動 ポトラッチ祭とは、先住民族である北西部沿岸インディアン部族の文化的な祭りで、毎年多くの米国人客で賑わう、シアトル恒例のお祭りである。日本人コミュニティに住む人々は日本の歴史と日米親善をアピールするため、工夫を凝らした山車(だし)を作って祭りに参加し、市内をパレードするなどして米国…

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第21回 シアトル市の共同募金への貢献

2024年7月24日 • 新舛 育雄

前回は日系人社会を支えた日本人会について取り上げたが、今回はシアトル市が主催する共同募金活動、コミュニティチェストへの日系コミュニティの貢献についてお伝えしたい。 コミュニティチェストとは 前回お伝えしたように、北米日本人会は1918年に領事館から証明保障料の分配廃止後の新たな財源確保として、コミュニティチェストというシアトル市内居住者の共同募金活動に参加した。このコミュニティチェストは、一定額を地域に還元し、その多くは小児園、託児所、少女保護、失業者の救済のために使用…

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第20回(後編) 日系人社会を支えた日本人会

2024年5月21日 • 新舛 育雄

前編を読む >> 証明保証料の分配の廃止 日本人会の財源は会員の会費と領事館から委託を受けた証明保証料の分配金だった。このためシアトル領事館内のシアトルの北米日本人会を始め、各地方の日本人会を北米連絡日本人会が1913年に設立され、この分配金を各日本人会へ分配した。しかしこの各日本人会への分配金は1918年に廃止され、領事館からの保証料は北米連絡日会が財源確保のために取り込んだ。北米連絡日会は領事館にこれまで50%だった手数料を全額下附してくれることを要求した。 …

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第20回(前編) 日系人社会を支えた日本人会

2024年5月20日 • 新舛 育雄

前回は県人会についてお伝えしたが、今回は日系人社会を支えた日本人会についてお伝えしたい。『北米時事』では毎日のように日本人会についての記事が掲載されていた。それだけ日本人会はシアトル日系人社会にとって繋がりの深い重要な機関だった。その記事1の一部を今回紹介したい。 日本人会の歴史 日本人会が創立40周年を迎えた時、当時の日本人会会長の三原源治氏が日本人会創立からの歴史を次のように述べた。 「日商創立40周年を迎えて 会長、三原源治」(1939年5月24日号) …

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第19回(後編) 県人会による日本人の結束

2024年3月20日 • 新舛 育雄

第19回(前編)を読む >> 山口県出身者の活躍と訃報 ① 岡村正一・大島郡安下庄(あげのしょう)村出身 「日商社会部長、岡村正一氏死亡」(1939年6月28日号1) 「グランドユニオン洗濯株式会社社長、岡村正一氏は脳溢血を起してから静養につとめ励んで常勤に復し活動中であったが三月頃から再び健康を害し自宅にて療養中の處、今朝12時45分自宅にて死亡した。今回が三回目の脳溢血で、享年63歳。同氏は山口県大島郡安下庄村出身、16歳にて渡米し、数年ならず…

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第19回(前編) 県人会による日本人の結束

2024年3月19日 • 新舛 育雄

前回は二世男子の柔道の隆盛についてお伝えしたが、今回はシアトル在留日本人が結束をした県人会についてお伝えしたい。 シアトル日系人社会では同県出身者が結束を計るために、1901年に広島県人会を発足したのを皮切りに、1902年徳島県人会、1903年山口県人会、1904年愛媛県人会、1905年神奈川県人会と誕生していき、以後日本全国に渡る各県で次々と県人会が出来上がっていった。今回は筆者の祖父、與右衛門(よえもん)の出身県である山口県に関する記事を中心にお伝えしたい。 県人会…

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このシリーズの執筆者

山口県上関町出身。1974年に神戸所在の帝国酸素株式会社(現在の日本エア・リキード合同会社)に入社し、2015年定年退職。その後、日本大学通信教育部の史学専攻で祖父のシアトル移民について研究。卒業論文の一部を日英両言語で北米報知とディスカバーニッケイで「新舛與右衛門― 祖父が生きたシアトル」として連載した。神奈川県逗子市に妻、長男と暮らす。

(2021年8月 更新)

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